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kikuyamaru's blog

こちらにはノンジャンルの長文などを書いています。

ハロウィーンもんもち邯鄲(観劇)

もんもちプロジェクト公演 もんもちながら5.0

「近代能楽集」より『邯鄲』

2015年10月30日〜11月3日 荻窪小劇場

 

10/31 ハロウィーンの日、仮装の人々が行き交う東京で。15時,19時半

一炊の夢のなかで
子は何故母親の胎よりも暗い世の中に生まれでてくるのかと言い
従順で焼き餅を焼かない女を望んだ男は、
目覚めて
すべてを肯定してくれる従順で焼き餅を焼かない女の許へ
胎内へ戻るように戻る

…いや、そもそも、そこに向かったのはすでに戻るつもりであったからであろう。
邯鄲の夢を経てもそれは変わらない。
それは生まれ変わったようで居てやはり厭世ではないのだろうか。
生きようとしなかった男が、生きたいと叫びながらたどり着いた先は花の咲き乱れる世界である
それは誠にこの世であろうか?
男は何故そこに来た。バスは…どう…なった。

*****

多少の時代…戦前/戦後に関する知識というか、そういう時代の読み物かドラマに親しんでいる人のほうが暗示されるものを読み解きやすくなるだろうと思います。
また、リアルタイムに台詞を処理していくにあたり故事/古語/芸能に関する素地が要るかも。
あと、人生経験…らしきもので見方は変わるでしょうね。

個人的には難解というほどではないと思いましたが、2回見て理解の変わったこともあります。1度では消化が難しいかな。

老け役を若い人が、若い役をそれなりの方が演じなければならないところにやや難があるように思われましたが、よーでけてる方もおられました。

*****
この時代に、この芝居。人の出来上がり方は時を経ても変わらないが
我々に聞こえてくる足音はあれとは違うのではないか。
旗をもった群衆や、使命感(主義主張に共感できるかどうかはともかく)を持った過激な「青年」のあれこれをかき消していくのは、渋谷に群がる仮装の人々のそれである。
怒りや憂いから世を変えようとする者よりも祭りに踊る阿呆である。
それが救いなのかどうか。
荻窪にて。11月3日まで。