読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

kikuyamaru's blog

こちらにはノンジャンルの長文などを書いています。

本日はときめきをなくすところから発散する雑談をお送りします

ちまたには整理法とか捨てる技術とかがいろいろあって、
ときめかなかったら捨てなさい、などとかいてあるらしいです。(伝聞)
だが、もしあなたがオタクなら、1年や2年…へたすると10年くらいときめかなくても、急にその分野にまたときめいたりするから、十分注意して捨てなさい、と助言しておきましょう。
 
えーとですね、「わが心のフラッシュマン」(中島梓)という本を、どうしても探して読まなきゃいけなくなったの。
自分の中で、今もう一度読まなければならない本なの。
家にあるはずなの。でも本棚にはないの。うぉぉー。段ボールあさるのめんどくさい。
…というようなことがたまにあるんです。オタクは治らないから困るんだ。
というわけで、図書館から借りようかと思っているの。
 
私の記憶ではそこには重要なことが書いてあったと思うの。
栗本さんというか中島さんが、あるときジュリー(沢田研二)に夢中になった。
しかし、ときめかなくなった。…というような話。
そこに対して中島さんが書いていたのは、ジュリーの魅力がなくなったのではなく、ジュリーから吸収できるものを吸収し尽くしてしまったからだと思う。ということだった。
それから息子が一時期夢中だった作品に見向きもしなくなり、次の作品に乗り換えていく様など。
 
自分の中の情熱が失せるときに、人はとまどうもんです。
それだけじゃなく、とにかく作品を語ったり、そこから何かを作ったりすることで他人とコミュニケーションをとった気分になる種族にとって、
燃えられる(当時的には「燃」の字であろう)作品がないということは、コミュニケーションが断たれるということなので、とっても困るんです。
だから次から次へと別の作品への狩りを続けるんじゃないかなぁ…
……と、当時の私は分析したのだったけど、今は少し違う見方も加えてもっています。
コミュニケーションが断たれるのは本当なんだけど、それに対するあの渇望は麻薬切れなんだと思う。^^;
 
この本を読んだときに、あるものから受けられるものを吸い尽くしてしまうことってあるんだなって、響くものがあった。
これは…ぎりぎり10代で読んでるのかなあ。
この年になるまで、そういうことを何回も何回も何回も繰り返してきました。
今はわかるんだ。恋は続かないということ。
そんなにずっと脳内麻薬だだもれだったら、人間壊れちゃいますから、適当なところで慣れるようになってるらしいです。
 
魅力を感じなくなった理由を、相手が変わったのだと思う人もいる。
それは、多少はあるでしょう。今日と明日とは必ず違うのだから。
しかし、濃密な時間を経ることで自分が冷めたということもさ、冷静に考えればあると思うよ。
楽しい時間を過ごせた思い出があるかないかで、遠距離恋愛が続くか続かないかが変わってくるとかさ、
そういうことも、みな、作品に対する熱にも当てはまるよなあと、思う。
 
ちょっと話が変わりますが、
そんなふうに(どんなふうに?)新しい人が入ってきたり、離れていったりしながら、ファンコミュニティは生き替わっていくんですが、
人が意思だけで繋がれるのは3年、と津田さんが(もちろん全然別の文脈において)言ってました。(あのアタマ黄色い津田さん。)
ファンなんてのはもっと気まぐれかもしれないね。
その繋がりが切れる前に、コトを軌道に乗せ、次の世代を再生産していかないとしぼんでしまう。
 
次の子達。遅れてくる人は必ずいる。その人になにかよすがを残しておいてあげなきゃいけないなあと思う。
いや、もしかすると、もっとずっと先、今、幼稚園とかの子が大きくなったときに知りたいと思うかもしれない。
そのためにも。
 
昔、自分たちも与えてもらったんですよ。前はネットなんかないから、出版社が撮っていたスチールとかを本にしてもらって、それで、欲を満たしたりしたわけ。
日々過ぎちゃう出来事の記録。やっぱりしておかなきゃいけないんじゃないかな。
 
…でね。そういう記録欲というのも、定期的に盛り上がってくるんですよね。ぜんぶ把握してまとめたくなる。
これも治らないヤマイみたいです。大変なことになるのが分かってるからもうずぶずぶいかないつもりではあるけど。
ははは。いかないようにしないと身体を壊します ^^;